Cさんのお宅の絵茶にて。
ハプスブルグ家第二段になったので、前の話とリンクを意識して書いたもの。
Kさんのハンガリーさんがあんまりにも美麗すぎて、文が長くなりすぎた感たっぷり。
捧げものを含めて、ハプスブルグ家は4部作に増殖しました(笑)
「ハンガリー、明日は市が開かれるそうです。買い物にいってきてもらえますか」
オーストリアに頼まれたのは昨夜のこと。
「はい、オーストリアさん。なにかおもしろいもの探してきますね」
市での買い物といえど、大概は目的があっていくわけではない。
それでもたまに頼まれるそれは、使用人として働くハンガリーに自由な時間を与えるため。多めに渡される金貨は、夕食の材料の買い物ついでに好きなものを買ってかまわないという、オーストリアの遠回りな優しさということにハンガリーは気づいていた。
面と向かって礼をいったことはない。
ただ、市へ買出しに行った夜は、珍しい食材を使った美味しい料理とささやかなお土産を必ず用意する。
オーストリアの優しさに気づいたその日から続く、ハンガリーの中での決まりごとだ。
古今東西のいろいろなものの流通する市は、生活用品、食料品から珍しいものまでいろいろなものがそろっている。
華やかなアクセサリー、繊細なレース、かわいらしい小物などは、いつ来てもハンガリーの心を浮き立たせた。
食材の物色をしながら、自分のためのお土産を一つ選んでいくのも酷く楽しい。
たったひとつだけ。
それもハンガリーの中での決まりごとだ。
以前、オーストリアの優しさに気づかず、ただ食材だけを買って帰った際、とてもかわいい小物があったと話したことがあった。
彼はそれをどうしたのか聞き、彼女は買わずに帰ったことを告げた。
その時のオーストリアの表情は、今でも忘れられないぐらい、ひどくがっかりしたものだ。
当時のハンガリーは、いったいなにが彼の不興をかったのかわからずうろたえたものだが、今ならばわかる。
ハンガリーが嬉しくて話すこと、楽しくて話すこと、それが彼へのなによりの土産なのだと。
その優しさに気づいたとき、彼に恋をした。
それは今でもずっと変わらず彼女の心の中にある。
「あら」
ふと目に飛び込んできた銀のリングが気になって、ハンガリーは足を止めた。
銀の土台に、小さなルビーの粒の埋め込まれた、いたってシンプルなデザイン。
けれど、柔らかなシルバーの光と、艶やかでありながらしっとりとした色味の紅い宝石が酷くハンガリーの心を惹いた。
「つけてみるかい?」
ぽつり落とされた言葉に、ハっとして顔を上げる。
露店に座っていた男が、無表情にハンガリーを見ていた。
「いいの?」
無言。
売人に向いていないなぁ、と思いつつ、指輪をつまみあげる。
咎められないから、さっきの言葉は空耳ではないだろうと判断して、リングを光にかざす。
みればみるほど、つつましやかな美しさがあった。
大きさからして、おそらく薬指にはめるためのソレを実際に指に通すことに抵抗がないわけではなかったが、誘惑に負けて、水仕事で荒れた指を通す。
しっくりと指に馴染む感触はまるでハンガリーのためにあつらえたかのようで。
ほう、と知らずため息が漏れた。
リングに重ねるのは、気難しげな顔をした思い人だ。
厳しいようでいて、酷く優しく美しい人。
「買うかい?」
うなずきかけて、あわてて押しとどまる。
自分のためのエンゲージリングなどむなしいだけだ。
そ、と指からはずし、黒い台座の上に戻す。
けれど、そのまま置きざるにはあまりにも惜しすぎて、気づけば売人に声をかけていた。
「・・・ねぇ、これ、サイズ作り直すこと、できる?」
「時間と料金がかかるがね」
「なら・・・」
「ハンガリー、今日は何を買ったのですか?」
いつもの夕食の席。
今日の夕食は、市場で買ってきた食材とスペインとロマーノからもらってきたトマトを使って、子供たちと一緒に作った。
オーストリアはなにも言わないが、その口元が綻んでいるのが見て取れて、ハンガリーも嬉しくなる。
いつだって、彼は子供たちを愛していて、そんな彼がハンガリーはすきなのだ。
「今日はー」
市場で見聞きしたこと、見つけた珍しいもの、かわいいもの。
スペインとロマーノの喧嘩。
皆へのお土産について。
話せば、イタリアは楽しそうに笑ってくれるし、神聖ローマは真剣に聞いてくれる。
オーストリアの口元は綻んだままだ。
「ハンガリーさんは、自分用に何を買ってきたのー?」
「今日はね、買ってないの」
あ。無表情になった。
オーストリアの表情の変化が嬉しくて、思わず笑い出しそうになったがなんとか押さえ込む。
「えー」
残念そうなイタリアと神聖ローマも酷くかわいらしくて、よしよしと頭をなでる(オーストリアにできないぶんもだ)。
「どうしても欲しいものがあったんだけど、サイズが合わなくて作り直してもらってるの」
そうしてハンガリーはたずねるのだ。
「だからオーストリアさん、次の市にもいってもいいでしょうか?」
ほっとした様子のオーストリアが「いいですよ」といってくれるのを、ハンガリーは聞く前から、もう知っていた。
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次のお土産は、子供たちに小さなアクセサリーと、そして愛しいあなたとおそろいのピンキーリング。
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