仏→英、仏←英だと信じています。
うっかり逆に見えてしまったらごめんなさい。
フランスが先に酔っ払ってしまうことは想定の範囲内だった。
「結局さ」
だが、酔っ払いの口から落ちた言葉は、まったくもってイギリスの想定の範囲外で、彼の僅かな酔いを醒ますには十分すぎるほどの威力を持っていた。
* *
昼の会談の席で、なんとなく疲れているように見えたのは、気のせいではないだろう。
本人はうまく隠していたし、周りの人間もだまされていたが、イギリスだけは、腐れ縁の直感と、国の立場からソレを感じとっていた。
さもありなん。
今回のフランスの上司は、いささか奔放であり、上層部の人間のスキャンダルに振り回されるのが『国』である自分たちなのだから。
注意深く見守れば、彼の上司が、彼を気遣っている様子が見えて少しホっとする。
いくら隠しておきたいとは言えど、原因にまったく気づかれていないのは、さすがに気の毒だ。
本人には絶対に言わないし、相手も言われたくもないだろうが。
会議後、フランスの酒の誘いに乗ったイギリスが、相手が先に酔ってしまうこと、彼が同輩の気安さで愚痴を零したいこと、そのすべてを承知した上だったことも秘密である。
だから、まぁ酒の席はグタグタになるだろうな、とは思っていたし、覚悟もしていた。
だが、
「結局さ、お前、アメリカが好きなわけ?」
という言葉はまったく想定の範囲外だった。
なんで、上司の愚痴ではなく、イギリスについて、しかもアメリカへの気持ちを問われるのだろうか。
思わず見つめ返せば、男は酔っ払い特有の座った目でイギリスを睨みつけていて、誤魔化しは許さない、と訴えているようだった。
もともと、誤魔化さねばならないような気持ちではないから、素直に答えてもよかったのだが、たとえ相手が酔っ払いであるとはいえ、好きだと答えるのは気恥ずかしい。
Americaは、好きだ。『一度行ってみたいところ』でグランドキャニオンをあげる国民も多い。
これがU.S.A.だと、一概に好きとまとめられない複雑な気持ちを抱いていた。
アメリカを愛しいと思う気持ちは昔も今も変わらず存在している。
けれど、たとえ国民が忘れようとも、独立へのわだかまりは今だイギリスの心にあって、素直になれない理由もそこにあった。
どう答えたものか、とイギリスが迷ってる間に、酔っ払いの中で勝手に結論が出たらしい。
「おまえ、大概マゾだよなー」
あんなサドにまぁ、と呟いて、グイ、とグラスを煽る様子がどこかいらただしげなのは気のせいだろうか。
「誰がマゾだ」
「お前。サドに苛められても好きなんだろ」
「そりゃ・・・」
嫌いになれない。あんな可愛い子供だったのに、いまじゃすっかり傍若無人な空気の読めない男になってしまおうが、だ。
この親心を、アメリカがうっとうしく思っているのも知っているが、もはや身についた習性だからしかたがない。
「ほっとけ」
「ばかだね、ほんと」
苦く笑う男に、なんとなく手を伸ばす。
その顔がやたらと悲しそうに見えたからだとか、そういう理由はあってないようなものだ。
なんで酔っ払いに心配されなくてはならないのか、その意趣返しもこめて、ぐしゃりとその頭をなでる。
「うるせーよ、酔っ払い」
「・・・おまえにいわれたくねーよ、ばか」
酔っ払いの顔が、腕の間に伏せられその表情を隠す。
どんな顔をしているか気にはなるが(頭をなでられることに照れていたら、後々ネタにできる)、やわらかな金の髪が存外心地よくて、そちらを玩ぶことに意識をむける。
この先触る機会などないのだし、と思う存分かまっていたら、いつのまにか酔っ払いの動きが止まっていた。
「・・・ふらんす?」
暫しの間。
「寝たか?」
答えはない。規則的に動く肩だけが、フランスの動きのすべてだ。
ゆるりともう一度頭をなでて離れる。
「・・・好き・・・か」
アメリカは好きだ。たぶん、この先もずっと。
けれど。
「love ... 」
やわらかな金糸に口付けて。
会計と、タクシーの手続きをとるために、席を立った。
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